近傍の風景

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カテゴリ:まつり( 14 )


2017年 08月 20日

西馬音内盆踊り

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by rwshkknsgttsbktnh | 2017-08-20 04:51 | まつり | Comments(1)
2017年 08月 18日

水郷大江夏祭り灯篭流し花火大会

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by rwshkknsgttsbktnh | 2017-08-18 11:41 | まつり | Comments(0)
2012年 02月 25日

雪旅籠灯り

西川町志津温泉の雪旅籠明かり
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by rwshkknsgttsbktnh | 2012-02-25 23:32 | まつり | Comments(1)
2012年 02月 12日

上杉雪灯篭まつり

2月11日で東日本大震災から11ヶ月が過ぎました。米沢には福島から避難されておられる方がたくさんおられます。絆コンサートが開催され、テント村物産展には岩手、宮城、福島からのお店もありました。
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by rwshkknsgttsbktnh | 2012-02-12 00:28 | まつり | Comments(0)
2011年 09月 21日

谷地どんがまつり(林家舞楽)

前日の続き
八 還城楽 〜げんじょうらく〜 童舞 / 花天冠、紅染め振り袖、狩衣、奴袴 この舞は走り舞(はしりまい)で舞台を縦横に動き回り活発な舞です。由来は、中国西方の蛇を食する胡人が、これを捕えて喜悦する様を舞にしたものと伝えられています。当舞楽は可憐な童舞(当日は小学二年生、初舞)のためか、舞台の中央の双重の赤い紐を蛇に見立ててあらかじめ置いています。始めは緩やかに舞い、蛇を発見し中央に進み立ち膝になって捕える仕草があります。蛇を捕まえると立ち上がり、意気揚々と退出します。この曲も林邑八楽の一つであります。
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九 抜頭 〜ばとう〜 童舞 / 花天冠、紅染め振り袖、狩衣、奴袴 当舞楽では童舞で、装束は還城楽と同じものを着用します。天平時代に、僧仏哲によってつたえられた林邑八楽の一つであります。この舞の由来は、古代中国西方の胡人が父を噛み殺した猛獣を探し、父の仇を討ち、喜悦して帰還する様を舞にしたといわれております。当舞楽では童舞(当日は小学二年生、二回目)となっており、始め走りものらしく舞台を左右に進み、中央に走り込んで座ります。中央で舞の所作が終わると立ち上がり、四方廻りながら舞い納めます。
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十 陵王 〜りょうおう〜 一人舞 / 裲襠装束(りょうとうしょうぞく) 印度の戒日王の作「陵王の喜び」という歌劇の一節をとった沙羅龍王の舞。中国北斉の人、蘭陵王長恭は容姿端麗であったため、将軍として士気高揚のために常にいかめしい仮面をつけて戦に臨んでいた。ある時、周の大軍を金慵城に破り、その武勇は三軍に轟いたと伝えた。時に武将たちはこれを喜び、この舞を作ったとされている。僧仏哲が伝えた林邑八楽の一つであります。龍頭の面を着け、金色の桴(ばち)を持ち、紅の袍に雲竜の裲襠と金帯を着けて舞う。谷地の舞楽保存会設立五十周年記念に、中国河北省邯鄲市磁県「蘭陵王長恭墓前」に1400年の時空を越えて林家舞楽の奉納をいたしました。
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十一 納曽利 〜なそり〜 一人舞 / 裲襠装束(りょうとうしょうぞく) この舞は高麗楽の一つです。雌雄二匹の龍が、楽しげに遊び合う姿を舞楽化したものであると言われている。当舞楽では、一子相伝のため一人舞であります。「納利」は「陵王」の番舞(つがまい)(くみまい)として陵王の後に舞われます。舞人は前段は片膝をつきながら舞い、始め青龍の方向に進み、更に玄武の方向には銀桴をかざして歩み、玄武から舞台中央にて着座します。中央での所作の後、東西に進み両腕で大きな輪を二回描き銀桴を両手で持ちます。再び青龍に進むと曲が変わり、大きく輪を三回描きます。これを白虎、玄武、朱雀で同様に繰り返して舞い、続いて東、北、西で両手で銀桴を腹の位置に持ち舞い納めの所作に入っていく。最後に曲に合わせ、両膝を着きながら退出していく。
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慈覚大師が山寺立石寺開山のころ(貞観2年、860年)には大きな地震・噴火が頻発している。
貞観地震(じょうがんじしん)は、平安時代前期の貞観11年5月26日(869年7月13日)に、日本の陸奥国東方の海底を震源として発生した巨大地震。地震の規模は少なくともマグニチュード8.3以上であったと推定されており、地震に伴う津波による被害も甚大であった。三陸沖地震の1つとして理解され、「貞観三陸地震」と呼称されることがある。この地震の5年前の貞観6年(864年)に富士山の青木ヶ原樹海における溶岩流を噴出した貞観大噴火。868年に播磨地震(山崎断層)、元慶2年(878年)には、伊勢原断層の活動によるM 7.4の相模・武蔵地震(現在の関東地方における地震)、887年8月22日(8月26日)に仁和地震(南海地震、M 8.0〜8.5)が起こっている。
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by rwshkknsgttsbktnh | 2011-09-21 08:54 | まつり | Comments(2)
2011年 09月 20日

谷地どんがまつり(林家舞楽)

谷地八幡宮ホームページより
 別に「谷地の舞楽」とも呼ばれる当宮神職林家が一子相伝にて奏する舞楽で、天王寺系と云われております。
 「舞楽由緒」によると、「当社の舞楽は社人林氏の掌るところにして、伝え云う同家の祖林越前は四天王寺の楽人たりしが、貞観二年(860)僧円仁(慈覚大師)に追従し羽州山寺に来たり。根本中堂にて舞楽を奏し、後世谷地に往せり。古来山寺日枝、慈恩寺、平塩熊野、谷地八幡四社寺の舞楽を掌る」とあります。林家の祖林越前は大阪の四天王寺の楽人(天王寺の楽人は、薗・岡・東儀・林の姓を賜い代々世襲の家業として受継いだ。林越前は林氏の一派の出自である。)であり、慈覚大師に従い山寺立石寺にて舞楽を奉奏し、山形の地に定住します。その後、林家の子孫は時代とともに慈恩寺、谷地へと転じていきながら、慈恩寺、平塩熊野、谷地八幡各所にて舞楽を奉奏してまいりました。現在恒例として奉奏しているのは、五月の慈恩寺「一切経会」と、九月の谷地八幡宮「例大祭(谷地どんが祭り)」となっております。
 林家舞楽は、早くに地方に下ったため、平安中期以降の楽制改革(日本化)の影響が少なく、よりシルクロードの面影をとどめていると評されております。地方伝承のため、かなり様変わりしている事も事実であるが、日本伝来から千三百年、奥羽に移って千百余年、本質的に変わらず伝承されてまいりました。昭和五十六年(1981)国指定重要無形民俗文化財に指定されております。
林家伝承の舞楽 一 . 着乱声(ちゃくらんじょう):演目に先立ち必ずこの曲を演奏します。 二 . 燕歩(えんぶ) 三 . 三台(さんだい) 四 . 散手(さんじゅ) 五 . 太平楽(たいへいらく)  六 . 安摩(あま) 七 . 二の舞(にのまい) 八 . 還城楽(げんじょうらく) 九 . 抜頭(ばとう) 十 . 陵王(りょうおう) 十一. 納曽利(なそり)

駐車場を探しているうち、一、二は終わってぃました。シルクロードより伝わる舞楽、面、装束、舞に注目。

三 三台 〜さんだい〜 一人舞 / 蛮絵装束(ばんえしょうぞく) 中国唐時代の則天武后の作といわれてます。武后は帳文成といえる秀才書いた『遊仙窟』を悦び、艶麗をきわめたといわれています。『遊仙窟』とは今日で謂う恋愛小説のようなものでした。ゆったりとした動きがその情を写す優美な舞です。装束は蛮絵といわれる一対の獅子が円形に刺繍された桧皮色(ひかわいろ)の袍を着用し、太刀を帯びております。現在、各楽所にはその舞の姿を消しており、当地にのみ伝承されている貴重な舞であります。
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四 散手 〜さんじゅ〜 一人舞 / 龍甲(たつかぶと) 裲襠装束(りょうとうしょうぞく)舞人は裲襠装束に赤色の隆鼻の面をつけ、龍甲をかぶり太刀を帯し鉾(ほこ)を持って舞う、走り舞の一つであります。伝えによれば、神功皇后が三韓征伐の時に率川(いさかわ)明神が将卒を指揮された姿を舞楽化したものとあります。
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五 太平楽 〜たいへいらく〜  四人舞 / 甲冑 この曲の由来は、武昌太平楽(ぶしょうたいへいらく)とも呼ばれ、中国楚(そ)の頃荘・頃伯(けいそう・けいはく)両人が剣舞した様を模したものと伝わっております。当舞楽では、古くから甲冑を着用、太刀を帯びて舞います。始に一臈(いちろう)が鉾を持って舞い、追って他の三人が舞座につき、剣印の舞、次に抜刀による舞、最後に全員が楽舍へ向きをかえ、一臈は橋掛に立ち他の三人は横並列にて引き込みの舞を納め、太刀を右肩近くにおき退出していきます。
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六 安摩 〜あま〜 一人舞 / 巻嬰冠、雑面、襲装束(かさねしょうぞく) 僧仏哲が、林邑楽(りんゆうがく)を伝えた林邑八楽の一つで、鎮魂の舞と言われております。「安摩」の舞は下襲に裾をつけた姿に太刀をおび、頭には巻嬰冠(けんえいかんむり)、紙の面(雑面)を着け中啓を持つ。当舞楽は一子相伝のため、一人舞となっています。
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七 二の舞 〜にのまい〜 二人舞 / 翁は浅黄色の有紋固地綾の差袴、茶色の紗の道服 / 媼(おうな)は浅葱色の麻の無地の小袖 面は翁が咲面(さきめん)、媼は腫面(はれめん)をつけます。翁は先の「安摩」の舞を真似、老婆這いながら後をついて行きます。舞台中央にて老夫婦が揃い、翁が懐より懐紙を取りだして老婆の顔面を拭き取ろうとします。老婆は嫌がるので袖から振鼓の玩具を与え、その隙に顔面を拭きとります。次に老婆の腕を翁の肩にのせ、労りながら老婆を立たせようとするが叶わず。中啓を開き老婆を三度扇ぎ終わって翁は老婆に気配りながら舞納め、老婆は振鼓を振りながら後について帰ります。こっけいな舞振りとなっております。因に「二の舞を踏む」という生活用語はこの舞楽から出来た言葉でもあります。
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by rwshkknsgttsbktnh | 2011-09-20 08:00 | まつり | Comments(3)
2011年 09月 04日

山形名物 日本一の芋煮会 フェスティバル

9/4 恒例の芋煮会、直径6mの大鍋で3万食分あるそうです。一杯300円。
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重機で鍋に盛り付けしているところ
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by rwshkknsgttsbktnh | 2011-09-04 21:42 | まつり | Comments(2)
2011年 08月 30日

おばなざわ花笠まつり

花笠踊り発祥の地、74団体2900人が参加、そのうち28団体が子ども育成会、保育園、幼稚園の団体、10団体が家族ぐるみの集落の団体、踊りの振り付けに5流派があり微妙に違います。大震災で被災した宮城県からの団体もありました。家族に絞って撮影

おじいちゃんとお孫さん、そしてお父さん
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お父さんとお子さん
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そしてお母さん
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おばあちゃんと
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by rwshkknsgttsbktnh | 2011-08-30 09:41 | まつり | Comments(2)
2011年 08月 28日

水郷大江夏まつり灯ろう流し花火大会(2)

大江町は霊峰朝日連峰に面しており、その霊験あらたかな朝日嶽神社まで登山し、祭りの成功と水難事故防止を祈願し、そこから聖なる火=御神火を頂いてきます。その頂いた御神火は、先祖を迎える迎え火に使われたり、花火を打ち上げる火種となったり、お祭りを訪れた人々の無病息災と安全祈願のために作られたかがり火に使われたり、先祖を送る灯籠流しの火にも使われます。
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月が出てきました
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by rwshkknsgttsbktnh | 2011-08-28 09:09 | まつり | Comments(1)
2011年 08月 26日

新庄まつり

250年の伝統を誇る祭り。歌舞伎の名場面や歴史絵巻を再現した山車に照明が入り、光と影の幻想的な世界が広がる「宵まつり山車パレード」(国重要無形民俗文化財指定)8/24撮影
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by rwshkknsgttsbktnh | 2011-08-26 08:32 | まつり | Comments(1)